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青年団・五反田団「忠臣蔵・OL編」「ヤルタ会談」「家が遠い」

(公演詳細は前出参照)

「忠臣蔵OL編」
 OL編ということで食事を取りながら重要な議論を進めていくというのはいかにも女性らしい。
内容は忠臣蔵だが現代風味が利いていて大石が中間管理職といったところ。
 で、議論が収束する頃にはみんなしっかり食事を終わらせているあたりも流石。
忠臣蔵が有名になったのはやはり時代背景の影響もあると思う。忠孝や武士道が希薄になっている時勢に仇討ちをしたから有名になった。つまりそういった時代にあって当の本人たち(赤穂浪士ら)はどの様な話し合いの経緯で討ち入りしようとなったのか?当然葛藤もあっただろう。そのあたりを見事に抽出し、悲壮感を取り除いて時代を飛び越えさせた。
修学旅行編も観たい。

「ヤルタ会談」
 多少の歴史的な知識が必要だが十分面白かった。世の中のことは驚くほど少数の人間に決められているという現実を風刺しされていて単なるパロディにとどまらない。個人的にはガンジーのくだりが面白かった。大国からみた世界、他の国からみた日本という視点も面白い、外国人が観たらどう思うんだろう。

「家が遠い」
凄いグダグダ感だが、言葉と言葉の間にいろいろな言葉があるようでなんとも不思議な空気感を作り出す。あのニュアンスと間は秀逸。一見グダグダにみえるがしっかりと演出されていて隙がない。紐がついているお金を追いかけるように引き込まれていった。
ボキャブラリーが少ないことが精神的な未熟さ、社会性の低さを絶妙に表し、どうみても中学生には見えない役者が、舞台上ではまぎれもない思春期真っ只中の中学生を演じている。セリフが少なくても、なんとなく伝わってしまうところも見事。

ここからは個人的な見解というかイメージ。(人によっては異なる捉え方もあるし無理に捉える必要もないこと)
ビルの屋上にいる大人(自殺志願者?)との距離が彼らと社会との距離感を表し、上から投げ落とされた物にお墓を造るのも大人への反抗と捉えるのはチョット考えすぎか。ビルの中の社会からはじき出されて屋上にいる大人に自分の将来を重ねて怯えているのかもしれない。
トミーという動かない同級生(人形)は、皆と違い卒業後就職しなくてはならない、親という大人が与えたものに対する反抗として動かない。トミーは何かと闘っている。きっと不条理な世の中とだ。そんな気がした。
役者が人形に感情を吹き込もうと試行錯誤して、最後に舞台上に残る哀愁は、その試みが成功していることの表れか。

(しおこんぶ)

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